傷つきたくない
2008-11-13 22:51:59 (8 days ago)
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- 美癒のお仕事 |
こんばんわ(^^)
久しぶりのお洗濯日和だった本日。
気持ち良~く朝を迎えて一日を終えた、みゆです。
今週は、月曜、火曜と、お友達が遊びに来てくれて
今日も、また違うお友達が遊びに来てくれます。
来客ラッシュだわん・・・(嬉)
火曜日に来てくれたお友達は、みゆの日記「守り」を読んで
反応して、速攻で電話をかけてきてくれました。
「なんかさー みゆちゃんに会いたくなっちゃってさ(^^)」
って。
私に「会いたい」って想ってくれる人がいる・・・。
素直に嬉しかったです。
月曜日、一緒にお鍋を囲んだお友達は、
「近いうちに飲まない?」
って、いつも、すっごくフランクに声をかけてくれます。
これもまた、嬉しい・・・。
2人とも、実は、その、ただ「会いたい」の気持ちに素直に従うタイプではなかったみたいなんです。
どちらかというと「会いたい」『けど』「~かもしれない」なんて、気を遣い、遠慮してしまうことが多いとか・・・?
でも、会いに来てくれる・・・。
ただ「愛」だけで
それが、たまらなく嬉しいです。
感謝なのです。
今日は、このお友達と話していて、ふと思いついたことを書いていきます。
++++++ ++++++ ++++++
私は長い間、とっても元気な・・・
本当は、そんなに元気じゃないのに(笑)、そんな自分を隠して、必要以上に元気で明るい「私」を他人に見せていました。
今なら自分でもわかります。
あれは「痛い」明るさだったと・・・。
特にお酒が入ると、それが顕著で・・・
「スイッチが入る」んだそうです。
「カチっ」って、切れてるモードに(爆)
そして、そのスイッチが入っちゃうと、その後の記憶はいつも飛んでました。
この「記憶が飛ぶ」が、私にとっては「問題」でした。
肉体は起きていて、ちゃんと(か、どうかは謎ですが)歩いているのに、喋っているのに、聴いているのに、その記憶が無い、意識が無い・・・。
「その間の私は存在していなかったと同じ・・・?」
って、まぁ、その当時は、そう思ってたわけじゃないのですが
「大切な話をしているかもしれないのに・・・
覚えてないなんて。」
と、とても残念に想って「問題だ」にしていました。
そもそも「問題」にする視点が違うんじゃないか?
って言う意見もあります(笑)
「記憶が飛ぶまで飲むこと」
「その量」
が「問題」じゃないの?って(爆)
けど、私にとって量は「問題」ではありませんでした。
なぜなら、同じ量を飲んでも、記憶がなくならないことがあったから(笑)
なぜ「お酒」の話かというと・・・(笑)
月曜も火曜もお友達と一緒に飲んで、結構な量を飲んでいると想うんだけど、
記憶が飛んでないことに気付いて、そーいえば・・・最近、飛ばないなぁ~っ
て気付いたからなんですが。
そう・・・どうして私が、記憶が飛ぶことを問題にしていたか?
が、わかりました。
先ほどの
「自分が存在していなかった」
です。
相手の記憶には残るけど、自分の記憶には残らない。
と言う事は・・・。
飲んでいるときだけじゃなくて、日々、「私」で生きているんじゃなくて、「あなた」で生きていたんじゃないか?!
って、気付いたんです。
「私がどう想うか?」ではなく、「あなたがどう想うか?」で、物事を考え、
行動していたんだなぁ・・・って。
お酒で記憶が飛んでいたのは、
「そろそろ「自分」に生きなさい」
って言う、警告メッセージだった・・・・?
のかも・・・。
++++++ ++++++ ++++++
その心は・・・?
最近とても気になっているクライアントの言葉に
「傷つきたくない」
と言うひと言があります。
この方は、
「これまで私は、もう充分すぎるほど傷ついてきました。
もう傷つきたくないのです。傷つけられたくないのです」
と言って、いつもとてもナーバスになっています。
同じように、私の母も言います。
「これ以上私を傷つけないで。傷つけるのなら放っておいて」
と・・・。
2人の共通点は、「傷つきたくない」「傷つけないで」と言ってる割に、相手を傷つけるようなキツイ言葉を平気で投げてくることです。
自分が傷つくことには、ものすごーく敏感なのに
自分が人を傷つけていることには、全く無頓着なんです。
これはたぶん・・・
先日、日記に書いた「過剰防衛」による「攻撃」だと想いますが。
おそらく、彼女達もまた「私」ではなく「あなた」で生きているのだと想います。
「あなたに認めて欲しい」
と言う欲求から始まって、
そのために
「あなたの望む私」
を演じているのです。
それらが強いために、
「認められるため」に「あなたが望む私」に、自分の心のほとんどを使って、「がんばって」います。
でもそれは、とてもとても必死で、苦しい「がんばり」なので
次第に「頑張り」=「頑なに張る」になっていきます。
「頑張れば、きっとなんとかなる」
と想って、なんとかなるまで頑張ろうとするのですが・・・。
残念ながら「あなた」は、なかなか認めてはくれません(でした)。
なぜなら、どんなに頑張っても
演じている「あなたが望む私」は、”本当のあなたが望んでいる私”ではなく、「私が想う・あなたが望んでいるだろう私」だから・・・。
頑張れば頑張るほど、
本当の「あなたが望む私」から遠ざかり
本当の「自分」からも遠ざかって
全く別の「自分」になっていってしまいます。
「自分」であるはずなのに、「自分」ではない「自分」
そこに「私」は・・・存在していません。
そして、最後には爆発&ショートしてしまいます。
爆発は
「私がこんなにあなたのために頑張っているのに!!」
「あなたは全然私を認めてくれない!」
「どうしてあなたは私を傷つけることしかしないの?!」
と、相手を加害者に仕立て上げ、自分を悲劇のヒロイン化して
「問題」を自分の外側に作ってしまいます。
ショートは
「自分が何者かわからなくなった」
「この仮面を取ってしまったら自分がいなくなってしまう気がする」
「自分が何をしたいのかわからなくなってしまった」
「自分軸が無い」
と言う虚無感でいっぱいになり、そんな自分が「ダメ」とか「嫌」とか「おか
しい」とか・・・自分を「問題」にしてしまいます。
そうしてたどり着くところが
無価値感・喪失感・絶望感・分離感・罪悪感・嫉妬・執着
などと言う、
私達の嫌いな(笑)ネガティブ感情に支配されてしまった状態・・・
それが「傷つきたくない」に集約されているではないのかな?
ってとこに、つながりました。。
++++++ ++++++ ++++++
そして私が、その
「傷つきたくない」
と言う言葉に反応したのは・・・。
私自身の場合、
彼女達と同じように「私」ではなく「あなた」で生きていて
「自分の存在が存在してなかった」のだけど、
それによって傷ついた自分を、意固地なまでに「傷ついている」なんて想いたくなくて、強がっていたからでした。
そして、さらに・・・。
傷ついていることに気付きたくなかったんです。
でも、「傷ついている私」は、「気付いてよ!」って本当は叫んでいて、表に出てきていました。
その表に出てきている時間が、お酒を飲んで記憶が飛んでいるときの私だったのだと想います。
「意識が無かった時間」=「自分が存在していなかった時間」 ではなくて
私が認めたくない、観たくない、気がつきたくない・・・「否定していた私」
が出てくる時間だったんですね。
(アルコール性多重人格障害・・・?(苦笑)
「否定していた私」は、「傷ついている私」だけではありませんでした。
ワガママで、横暴で(笑)、自己中で、女王様のような私もいました。
悲しい、淋しい、苦しいを感じて、それをそのまま表現する、素直な私もいました。
嬉しい楽しいダイスキ!を、遠慮なく全身で表現する、エンターテイナーの私もいました。
ええ・・・・
実物大の現在の私をご存知の方はお気づきかも・・・・?
私がこれまで否定して、封印し、意識が飛んだところでしか見せなかった私の一部は・・・
今の私、そのものです(((((爆)))))
結局・・・・?
「お酒を飲みすぎること」も「記憶が飛ぶこと」も
「問題」ではありませんでした(笑)
「問題」どころか、私には「私」になる時間が必要で、
そのために、私の意志で「飲んで」「記憶を飛ばしていた」のです。
全く ノー プロブレム です(笑)
やっぱり
「そろそろ自分に生きなさい」
のメッセージだったんです(笑)
「傷つきたくない」って言って箱に入っているクライアントや母親を・・・
私は「なにやってるのよ?!」って想っていました。
「もっと自分を出せばいいのに。箱から出てくればいいのに」
「だから幸せを感じられないのよ」「拗ねてんじゃないわよ」って。
でも、そんなの、とんでもない想いでした・・・。
あの時の私は「傷ついた私」さえも騙して、もっともっと頑丈で小さな箱に自分を閉じ込めていたんですものね(苦笑)
あらためて・・・
「もっと自分を出せばいいのに。箱から出てくればいいのに」
「だから幸せを感じられないのよ」
「拗ねてんじゃないわよ」
って、自分に言ってやりました(爆)
++++++ ++++++ ++++++
全ては必然。
全てはうまく行っている。
何も問題はない。
そのままで、今のままで大丈夫。
この言葉を、私はずっと自分に言い聞かせてきました。
そうだ、必然・・・。
全てに意味がある。
と、意味を見つけ続けてきました。
でも、私が見つける「意味」は時々、私をものすごく苦しめました。
そして苦しくなると、こう思うんです。
楽になるために意味を見つけているのに・・・
こんなんじゃ、意味探しなんかしたくない。
感じるままでいいじゃないの。
と。
でも、その一方で
「意味があると知っているのに、見つけようとしない自分はダメだ。
それじゃ幸せになんかなれやしない」
って自分を責めている自分がいました。
そしてまた苦しくなる・・・(笑)
実は、そこにも、また意味があったんです・・・。
やっぱり、全ては必然で(苦笑)
そして、すべては「私」のためでした。
「あなたのため」に生きることも
「私のため」に生きることも
傷つけるような人に出会ってしまうことも
誰かを傷つけてしまうことも
傷ついてしまう自分も
「傷つきたくない」って頑なになっていることも
箱に入っていることも
箱に入ってるなー って感じることも
それを「ダメだ」って責めてしまうことも
「あいつが悪い!」って他人を責めることも
そうして被害者になることも
被害者になってちゃダメだ って想うことも
意味を見つけることも
見つけることに疲れちゃってやめることも
やめた自分を責めることも
そういうのをごまかすことも
そのためにお酒に逃げることも(笑)
酔っ払って記憶をなくすことも
それで失敗することも
失敗して自己嫌悪になることも
失敗を防ぐためにお酒を断つことも
そう決めたのにやっぱり飲んじゃうことも
飲みすぎで体を壊すことも
体を壊して誰かに迷惑をかけてしまうことも
心配をかけてしまうことも
そんな自分に無価値感や罪悪感を感じてしまうことも
こんな何でもかんでもが・・・
嘘みたいに「私のため」という意味のあることだったんです。
だから、心配することなんて、何も無いんです。
「私が悪い」と想っているのなら、とことん
「あいつが悪い」と想うのなら、とことん
「これが必要だ」と想うなら、とことん
「守りたい」と想うのなら、とことん
そんな風に、とことん出来ない自分がダメだと思うのなら、それもとことん(笑)
やりつくして、見つめつくして、
そこから生まれる感情を味わいつくせば、必ずたどり着くことが出来ると想います。
どこへ?
「全ては私の幸せのためだった」
「全て私が望んでいたことだった」
「経験できてよかった・・・」
ってところにです。
ココしばらく、何度も、こんなようなことを書こうとしたのですが
どうしても途中で止まってしまって、書けなくなっていました。
書きたいのに書けない。
書くことが怖い。
ちょっとしたスランプ・・・?(笑)
だから、このストーリーを「実感」として感じられるように
実感して「伝えられる」ように、って考えてました。
よーやく・・・つながったの・・・かな?
クライアントから、母から、
それぞれの人生を見せてくれる友人や知人から
酔っ払って駄々こねるダーリンから(笑)
直接の関係は無いけれど、
映画やドラマ、小説、エッセイ、ニュース、時々CMからも
想いを込めて送ってくれる数々のブログやメルマガから・・・
毎日、毎日、たくさんのメッセージを頂いています。
そのおかげで、全てのおかげで・・・。
またひとつ、謎が解けました。
そして「伝えたい」と想っていることを書くことが出来ました。
全てがつながっていて、私達は生きているんですね。
ありがとうございます。です。
と言う事で・・・
今日も長い日記を読んでくださってありがとうございます
久しぶりのお洗濯日和だった本日。
気持ち良~く朝を迎えて一日を終えた、みゆです。
今週は、月曜、火曜と、お友達が遊びに来てくれて
今日も、また違うお友達が遊びに来てくれます。
来客ラッシュだわん・・・(嬉)
火曜日に来てくれたお友達は、みゆの日記「守り」を読んで
反応して、速攻で電話をかけてきてくれました。
「なんかさー みゆちゃんに会いたくなっちゃってさ(^^)」
って。
私に「会いたい」って想ってくれる人がいる・・・。
素直に嬉しかったです。
月曜日、一緒にお鍋を囲んだお友達は、
「近いうちに飲まない?」
って、いつも、すっごくフランクに声をかけてくれます。
これもまた、嬉しい・・・。
2人とも、実は、その、ただ「会いたい」の気持ちに素直に従うタイプではなかったみたいなんです。
どちらかというと「会いたい」『けど』「~かもしれない」なんて、気を遣い、遠慮してしまうことが多いとか・・・?
でも、会いに来てくれる・・・。
ただ「愛」だけで
それが、たまらなく嬉しいです。
感謝なのです。
今日は、このお友達と話していて、ふと思いついたことを書いていきます。
++++++ ++++++ ++++++
私は長い間、とっても元気な・・・
本当は、そんなに元気じゃないのに(笑)、そんな自分を隠して、必要以上に元気で明るい「私」を他人に見せていました。
今なら自分でもわかります。
あれは「痛い」明るさだったと・・・。
特にお酒が入ると、それが顕著で・・・
「スイッチが入る」んだそうです。
「カチっ」って、切れてるモードに(爆)
そして、そのスイッチが入っちゃうと、その後の記憶はいつも飛んでました。
この「記憶が飛ぶ」が、私にとっては「問題」でした。
肉体は起きていて、ちゃんと(か、どうかは謎ですが)歩いているのに、喋っているのに、聴いているのに、その記憶が無い、意識が無い・・・。
「その間の私は存在していなかったと同じ・・・?」
って、まぁ、その当時は、そう思ってたわけじゃないのですが
「大切な話をしているかもしれないのに・・・
覚えてないなんて。」
と、とても残念に想って「問題だ」にしていました。
そもそも「問題」にする視点が違うんじゃないか?
って言う意見もあります(笑)
「記憶が飛ぶまで飲むこと」
「その量」
が「問題」じゃないの?って(爆)
けど、私にとって量は「問題」ではありませんでした。
なぜなら、同じ量を飲んでも、記憶がなくならないことがあったから(笑)
なぜ「お酒」の話かというと・・・(笑)
月曜も火曜もお友達と一緒に飲んで、結構な量を飲んでいると想うんだけど、
記憶が飛んでないことに気付いて、そーいえば・・・最近、飛ばないなぁ~っ
て気付いたからなんですが。
そう・・・どうして私が、記憶が飛ぶことを問題にしていたか?
が、わかりました。
先ほどの
「自分が存在していなかった」
です。
相手の記憶には残るけど、自分の記憶には残らない。
と言う事は・・・。
飲んでいるときだけじゃなくて、日々、「私」で生きているんじゃなくて、「あなた」で生きていたんじゃないか?!
って、気付いたんです。
「私がどう想うか?」ではなく、「あなたがどう想うか?」で、物事を考え、
行動していたんだなぁ・・・って。
お酒で記憶が飛んでいたのは、
「そろそろ「自分」に生きなさい」
って言う、警告メッセージだった・・・・?
のかも・・・。
++++++ ++++++ ++++++
その心は・・・?
最近とても気になっているクライアントの言葉に
「傷つきたくない」
と言うひと言があります。
この方は、
「これまで私は、もう充分すぎるほど傷ついてきました。
もう傷つきたくないのです。傷つけられたくないのです」
と言って、いつもとてもナーバスになっています。
同じように、私の母も言います。
「これ以上私を傷つけないで。傷つけるのなら放っておいて」
と・・・。
2人の共通点は、「傷つきたくない」「傷つけないで」と言ってる割に、相手を傷つけるようなキツイ言葉を平気で投げてくることです。
自分が傷つくことには、ものすごーく敏感なのに
自分が人を傷つけていることには、全く無頓着なんです。
これはたぶん・・・
先日、日記に書いた「過剰防衛」による「攻撃」だと想いますが。
おそらく、彼女達もまた「私」ではなく「あなた」で生きているのだと想います。
「あなたに認めて欲しい」
と言う欲求から始まって、
そのために
「あなたの望む私」
を演じているのです。
それらが強いために、
「認められるため」に「あなたが望む私」に、自分の心のほとんどを使って、「がんばって」います。
でもそれは、とてもとても必死で、苦しい「がんばり」なので
次第に「頑張り」=「頑なに張る」になっていきます。
「頑張れば、きっとなんとかなる」
と想って、なんとかなるまで頑張ろうとするのですが・・・。
残念ながら「あなた」は、なかなか認めてはくれません(でした)。
なぜなら、どんなに頑張っても
演じている「あなたが望む私」は、”本当のあなたが望んでいる私”ではなく、「私が想う・あなたが望んでいるだろう私」だから・・・。
頑張れば頑張るほど、
本当の「あなたが望む私」から遠ざかり
本当の「自分」からも遠ざかって
全く別の「自分」になっていってしまいます。
「自分」であるはずなのに、「自分」ではない「自分」
そこに「私」は・・・存在していません。
そして、最後には爆発&ショートしてしまいます。
爆発は
「私がこんなにあなたのために頑張っているのに!!」
「あなたは全然私を認めてくれない!」
「どうしてあなたは私を傷つけることしかしないの?!」
と、相手を加害者に仕立て上げ、自分を悲劇のヒロイン化して
「問題」を自分の外側に作ってしまいます。
ショートは
「自分が何者かわからなくなった」
「この仮面を取ってしまったら自分がいなくなってしまう気がする」
「自分が何をしたいのかわからなくなってしまった」
「自分軸が無い」
と言う虚無感でいっぱいになり、そんな自分が「ダメ」とか「嫌」とか「おか
しい」とか・・・自分を「問題」にしてしまいます。
そうしてたどり着くところが
無価値感・喪失感・絶望感・分離感・罪悪感・嫉妬・執着
などと言う、
私達の嫌いな(笑)ネガティブ感情に支配されてしまった状態・・・
それが「傷つきたくない」に集約されているではないのかな?
ってとこに、つながりました。。
++++++ ++++++ ++++++
そして私が、その
「傷つきたくない」
と言う言葉に反応したのは・・・。
私自身の場合、
彼女達と同じように「私」ではなく「あなた」で生きていて
「自分の存在が存在してなかった」のだけど、
それによって傷ついた自分を、意固地なまでに「傷ついている」なんて想いたくなくて、強がっていたからでした。
そして、さらに・・・。
傷ついていることに気付きたくなかったんです。
でも、「傷ついている私」は、「気付いてよ!」って本当は叫んでいて、表に出てきていました。
その表に出てきている時間が、お酒を飲んで記憶が飛んでいるときの私だったのだと想います。
「意識が無かった時間」=「自分が存在していなかった時間」 ではなくて
私が認めたくない、観たくない、気がつきたくない・・・「否定していた私」
が出てくる時間だったんですね。
(アルコール性多重人格障害・・・?(苦笑)
「否定していた私」は、「傷ついている私」だけではありませんでした。
ワガママで、横暴で(笑)、自己中で、女王様のような私もいました。
悲しい、淋しい、苦しいを感じて、それをそのまま表現する、素直な私もいました。
嬉しい楽しいダイスキ!を、遠慮なく全身で表現する、エンターテイナーの私もいました。
ええ・・・・
実物大の現在の私をご存知の方はお気づきかも・・・・?
私がこれまで否定して、封印し、意識が飛んだところでしか見せなかった私の一部は・・・
今の私、そのものです(((((爆)))))
結局・・・・?
「お酒を飲みすぎること」も「記憶が飛ぶこと」も
「問題」ではありませんでした(笑)
「問題」どころか、私には「私」になる時間が必要で、
そのために、私の意志で「飲んで」「記憶を飛ばしていた」のです。
全く ノー プロブレム です(笑)
やっぱり
「そろそろ自分に生きなさい」
のメッセージだったんです(笑)
「傷つきたくない」って言って箱に入っているクライアントや母親を・・・
私は「なにやってるのよ?!」って想っていました。
「もっと自分を出せばいいのに。箱から出てくればいいのに」
「だから幸せを感じられないのよ」「拗ねてんじゃないわよ」って。
でも、そんなの、とんでもない想いでした・・・。
あの時の私は「傷ついた私」さえも騙して、もっともっと頑丈で小さな箱に自分を閉じ込めていたんですものね(苦笑)
あらためて・・・
「もっと自分を出せばいいのに。箱から出てくればいいのに」
「だから幸せを感じられないのよ」
「拗ねてんじゃないわよ」
って、自分に言ってやりました(爆)
++++++ ++++++ ++++++
全ては必然。
全てはうまく行っている。
何も問題はない。
そのままで、今のままで大丈夫。
この言葉を、私はずっと自分に言い聞かせてきました。
そうだ、必然・・・。
全てに意味がある。
と、意味を見つけ続けてきました。
でも、私が見つける「意味」は時々、私をものすごく苦しめました。
そして苦しくなると、こう思うんです。
楽になるために意味を見つけているのに・・・
こんなんじゃ、意味探しなんかしたくない。
感じるままでいいじゃないの。
と。
でも、その一方で
「意味があると知っているのに、見つけようとしない自分はダメだ。
それじゃ幸せになんかなれやしない」
って自分を責めている自分がいました。
そしてまた苦しくなる・・・(笑)
実は、そこにも、また意味があったんです・・・。
やっぱり、全ては必然で(苦笑)
そして、すべては「私」のためでした。
「あなたのため」に生きることも
「私のため」に生きることも
傷つけるような人に出会ってしまうことも
誰かを傷つけてしまうことも
傷ついてしまう自分も
「傷つきたくない」って頑なになっていることも
箱に入っていることも
箱に入ってるなー って感じることも
それを「ダメだ」って責めてしまうことも
「あいつが悪い!」って他人を責めることも
そうして被害者になることも
被害者になってちゃダメだ って想うことも
意味を見つけることも
見つけることに疲れちゃってやめることも
やめた自分を責めることも
そういうのをごまかすことも
そのためにお酒に逃げることも(笑)
酔っ払って記憶をなくすことも
それで失敗することも
失敗して自己嫌悪になることも
失敗を防ぐためにお酒を断つことも
そう決めたのにやっぱり飲んじゃうことも
飲みすぎで体を壊すことも
体を壊して誰かに迷惑をかけてしまうことも
心配をかけてしまうことも
そんな自分に無価値感や罪悪感を感じてしまうことも
こんな何でもかんでもが・・・
嘘みたいに「私のため」という意味のあることだったんです。
だから、心配することなんて、何も無いんです。
「私が悪い」と想っているのなら、とことん
「あいつが悪い」と想うのなら、とことん
「これが必要だ」と想うなら、とことん
「守りたい」と想うのなら、とことん
そんな風に、とことん出来ない自分がダメだと思うのなら、それもとことん(笑)
やりつくして、見つめつくして、
そこから生まれる感情を味わいつくせば、必ずたどり着くことが出来ると想います。
どこへ?
「全ては私の幸せのためだった」
「全て私が望んでいたことだった」
「経験できてよかった・・・」
ってところにです。
ココしばらく、何度も、こんなようなことを書こうとしたのですが
どうしても途中で止まってしまって、書けなくなっていました。
書きたいのに書けない。
書くことが怖い。
ちょっとしたスランプ・・・?(笑)
だから、このストーリーを「実感」として感じられるように
実感して「伝えられる」ように、って考えてました。
よーやく・・・つながったの・・・かな?
クライアントから、母から、
それぞれの人生を見せてくれる友人や知人から
酔っ払って駄々こねるダーリンから(笑)
直接の関係は無いけれど、
映画やドラマ、小説、エッセイ、ニュース、時々CMからも
想いを込めて送ってくれる数々のブログやメルマガから・・・
毎日、毎日、たくさんのメッセージを頂いています。
そのおかげで、全てのおかげで・・・。
またひとつ、謎が解けました。
そして「伝えたい」と想っていることを書くことが出来ました。
全てがつながっていて、私達は生きているんですね。
ありがとうございます。です。
と言う事で・・・
今日も長い日記を読んでくださってありがとうございます

